海外情勢

あらためて「為替」って何だろう?

「歴史的な円安」という言葉がニュースを駆け巡り、特に2022年以降、輸入品の価格高騰で家計が圧迫される一方、輸出企業は過去最高の利益を上げています。この巨大過ぎる渦の中心にあるのが、私たちにとって身近でありながら、どこか掴みどころのない「為替」という存在です。

為替は、単に海外旅行で使う通貨を交換する比率ではありません。日々見聞きするその数字の背景には、私たちの生活や資産を揺るがす強力な力が働いていて、ひとつの国の経済的な立ち位置を映し出すものなんです。

今月のJMPコラムでは、為替の基本的な定義だけではなく、経済との関係をお伝えしていきます。日本の歴史から、私たちの給与振込、そして未来の資産形成まで、何となく直感には反するようで、しかし知っておくべき「為替」の話しをお届けできればと思います。

「円高」「円安」の直感に反する数字の謎は「円の価値が」で解決

    「1ドル=100円が90円になったら、数字が小さくなったのになぜ『円高』なの?」これは多くの人が最初に抱く素朴な疑問だと思います。数字が減るのに「高く」なるとは、直感に反するように感じられます。

    この混乱を解消する、便利な言葉があります。それは、常に頭に「円の価値が」というフレーズをつけて考えてみることです。

    例えば、1ドル=100円だったレートが1ドル=120円に変わったとします。これは、今まで100円で買えていた1ドルを手に入れるのに、120円も出さなければならなくなったということです。つまり、「円の価値が」安くなったので「円安」です。逆に、1ドル=80円になれば、より少ない80円で1ドルが手に入るようになります。これは「円の価値が」高くなったので「円高」です。

    この考え方は、特に海外に外貨資産を保有している投資家などが、それを円に換金する際の損益を理解する上でも非常に重要ですね。円の価値が下がるのが円安で為替による利益を生む要因となり、円の価値が上がるのが円高で為替による損失を生む要因となります。

    最先端金融のイメージ?実はルーツは江戸時代の「手形」にあった?

      「為替」と聞けば、コンピューターが並ぶトレーディングルームや、グローバルな金融取引といった最先端のイメージを抱くかもしれません。しかし、その概念のルーツは、実は日本の江戸時代にまで遡ります。

      想像してみてください。江戸の商人が、苦労して得た稼ぎを重い千両箱に詰めています。しかし、取引先のある大坂までの道中には、山道に潜む盗賊など、常に危険が伴いました。現金を物理的に運ぶことは、命がけのリスクだったのです。この深刻な問題が、画期的なイノベーションを生み出しました。両替商が発行する「手形(てがた)」です。

      江戸の商人は現金を両替商に預けて手形を受け取り、その手形を大坂の取引先に送ります。受け取った大坂の商人は、指定の両替商で手形を現金に換えられる。この仕組みにより、現金を物理的に輸送することなく、安全かつ効率的に決済を行うことが可能になりました。この「現金を直接運ばずに、離れた場所へお金を移動させる仕組み」こそが、「為替」というシステムの原点なのです。手形は、為替という仕組みを実現するための主要な手段(道具)だったんですよ。

      海外旅行だけじゃない。あなたの「給与振込」も為替の一種

        多くの人は、「為替」を外国通貨が関わる海外旅行や輸出入ビジネスの専門用語だと考えているかもしれません。しかし、その成り立ちや本質的な仕組みは、私たちが日常的に、しかも国内で頻繁に利用しているものなのです。

        それが「内国為替」と呼ばれる仕組みです。これは、同じ国内の遠隔地との間でお金を移動させる仕組み全般を指します。具体的には、以下のような取引がすべて内国為替にあたります。

        ・給与が銀行口座に振り込まれる
        ・公共料金が引き落とされる
        ・銀行振込で支払いをする

        これらの取引に共通するのは、現金そのものを物理的に運ぶことなく、システムを通じて離れた場所との間で支払いが完了している点です。こうした事実は、「為替」の普遍的な本質を表しています。それは本来、外国のお金の話ではなく、「距離」を克服するための知恵でした。

        つまり、為替とは 「距離」と「通貨の違い」を超えて、お金を正確にやり取りするための仕組みだと言えます。

        「米国株が値上がりしたのに損…」海外投資に潜む大きな落とし穴

          昨今の資産運用や株式投資への関心の高まりに乗って、もし米国株に投資した方がいらっしゃったら、最も裏切られたと感じる瞬間かもしれません。投資の際には慎重にリサーチを重ね、有望な米国株を選び、その株価が着実に上昇するのを見守ったはずです。しかし、自分の口座残高を確認したとき、円建てでは資産が減っている。これはシステムのエラーではありません。利益を壊滅的な損失に変えかねない、「為替」の怖さなのです。

          なぜこんなことが起きるのでしょう。それは、海外資産への投資には「二重の値動き」が伴うからです。投資家は常に「株価自体の変動リスク」と「為替変動リスク」という、2つの異なるリスクに晒されています。

          実際に、過去にこの怖さが現実となった時期がありました。

          1. 2015年末から2016年にかけて、米国の代表的な株価指数S&P500は、ドル建てで+7.5%上昇しました。
          2. しかし、まさに同じ期間に、為替レートは1ドル=約120円から約101円へと、急激な円高が進行しました。
          3. その結果、S&P500の価値を円に換算して計算すると、なんと-12.9%の下落となっていたのです。

          ドルで見れば資産は増えているのに、円に換算した途端に大きな損失(為替差損)が発生する。海外投資を行う際は、投資対象の値動きだけでなく、為替レートの動きにも常に注意を払わなければ、予期せぬ結果を招くことになります。

          常識はもう古いの?「有事の円買い」が起きなくなった訳

            かつて、日本円は国際金融市場で「安全資産」という特別な地位を確立していました。世界的な金融危機や紛争といった地政学リスクが高まると、投資家たちはリスクの高い資産を売り、安全を求めて日本円を買う。これが「有事の円買い」と呼ばれる、長年の常識でした。

            しかし、この常識は近年、大きく変わっています。例えば、ロシアがウクライナに侵攻した際、かつてのような「有事の円買い」は起きず、むしろ円は売られる展開となりました。

            この「円の変化」の背景には、日本のファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)に対する国際的な信認の低下があります。長期にわたる低い経済成長率、巨額に膨れ上がった政府債務、そして世界でも類を見ない大規模な金融緩和政策(日米金利差の拡大)、貿易赤字とエネルギー価格の高騰、日本の地政学的リスクなど、これらの要因が複合的に絡み合い、円の価値の裏付けそのものを「脆弱にしている」と、海外の投資家たちから見なされるようになってきているのです。かつて世界が頼った安全資産としての地位は、もはや過去のものとなりつつあるようです…。

            お分かりのように「為替」とは単なる数字の羅列ではありません。それは江戸時代の商人の知恵から生まれた歴史の産物であり、給与振込や各種振込という形で私たちの生活を支えるインフラであり、そして国の経済力や国際的な信認を映し出す鏡でもあります。

            中でも最も衝撃的な真実は、やはり「有事の円買いの終焉」が示唆する、日本の国際的な立ち位置の変化でしょうか。これは、為替という鏡が、日本の構造的な課題を映し出し始めたサインかもしれません。

            世界の多極化が進むこれからの時代、私たちは為替という見えざる力と、どう向き合っていくべきでしょうか?このような不確実性の時代において、為替の動向を正しく理解し、その影響を読み解く能力、「為替リテラシー」とも言うべき能力は、もはや一部の投資家や専門家だけのものではないようです。
            自らの資産を守り、事業の舵を取り、そして国の進むべき道を見定める上で、多くの人々にとって不可欠な知性となっています。為替というレンズを通して世界経済のダイナミズムを捉えること。こうした姿勢が変化の激しい現代を生き抜くための羅針盤となるかもしれません。

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